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chapter.0-1

​SIDE:Keith PLACE:?

————現在時刻午後十時過ぎ。

『緊急警報。緊急警報。住民の皆様にお知らせいたします。現在PSI所有者による暴動が発生中。ただいま外は大変危険です。安全が確保されるまで、外に出ないでください。繰り返します——』
 
土砂降りの中進入禁止のホログラムを素通りすれば、跳ねた泥水で汚れることも厭わず全速で駆ける。
真っ赤な警告ランプを灯したドローンは最早聞きなれた合成音声を繰り返しながら上空を旋回しており、周囲のビル群から漏れる光と街灯の光、乗り捨てられた自動車のテールランプ、全ての光がギラギラと路面に反射して瞳に痛い。
 
「こちらキース。合流ポイントに到達しました。」

無線機にそう声を掛けるも応答はなく、聞こえるのは耳障りなノイズだけ。雨で故障か?――いや、これまでだって何度もこういった環境で使用している。それに、そもそもPSIBがそこらの粗末なものを使うとも思えない。見たところ電源ランプは正常に点灯しているし、全く——

「どうするんだこれ。」
『おーい!!』

そんなことを独り言ちたその時、凄まじい速さで眼前に球体が迫り、急停止した。

「このドローン……。」

空中浮遊する球状のドローン<VOX>は内蔵されたカメラの絞りを調整しながら周囲を一通り映しているようで、それの後方に続く道からは一人の女性がこちらに向かって走ってきていることが分かる。

『無事に合流出来て良かったぜ!お前の方は——うん、怪我とかはなさそうだな!』
「今来たばかりなので問題ないです。ただ、無線機が正常に作動していないみたいで。」

腰元に装備していた本体を手に取りモニターの水滴を拭っていれば、視界の端に波紋の広がる水たまりとモノクロのブーツが映った。

「……、それ、無線機の不調じゃないの。」
声につられるようにして視線を移せば、肩で息をする先輩<セレン・アークライト>が困ったように眉を下げていた。

「どういうことですか。」
『どうやら相手さんに電気……もしくは磁気系統に干渉できる奴が居るっぽいぜ!』
くるくると回りながらVOXは(いやこれもアークライト先輩だが。)そう言って。

「そのせいか、私が連れてきた子たちも機械の類は駄目になっているの。」
『みんな同じ状況だろうからな、報連相も何もあったもんじゃないぜ!まさに混沌<カオス>!』
「……ごめんね、キースくん。合流したら次のポイントに向かう予定だったと思うけど、私は一度作戦本部に戻ろうと思う。」
『通信系統がおしゃかな今、現場全体の状況を把握しているのは動物の視界を借りてるおれだけ!一旦本部連中に現状報告しねえとな!』
「そうですか……。」
彼女の話が正しいのであれば随分と厄介な状況のようだ。雨水を含んで鬱陶しく貼りついた前髪を指先で払いつつ、再び彼女を見据える。

「……分かりました。で、俺は——」
「貴方も戻ろう。」

そう言われるとは思っていた。入社からはや数か月。研修も現場経験もいくらか積んでいるが、それでも自分が彼女の立場だったら同じことを言う筈だ。

『状況が不透明過ぎる!そんな中にお前を送り込むのは流石にできねえな!』
「……それにね。この雨、ここでだけ、局地的に降っているの。」
そう言いながら、彼女は上空から降りてきた野鳥を腕に止まらせた。断定的な言いぶりからするに、上空……いや、一定範囲外に飛ばせて確認したのだろう。

「考えすぎかもしれないけれど……、この雨だとチャールズさんの力は使い難くなる。」
「それって――、」
確かに、レイ先輩のPSIであれば多数の敵を最小限の被害と労力で無力化することができるだろう。ただ、どうしたってその特性<ガス>上、空気中の水分量との関連が深いそうで、湿度が高い環境だと作用が弱くなると聞いたことがあるのは確かだ。

「……こちらの手の内が知られている、ということですか。」
『可能性はあるな!』

アークライト先輩の索敵・伝達能力が削がれ、レイ先輩の制圧力も同様。一つずつ選択肢を奪われているような、まるで誰かが描いたレールを走らされているような、そんな薄気味悪い違和感が背筋を這いあがって来るようだ。

「そう言うことだから、戻ろう。」
焦燥。滅多に感じることのない彼女自身の感情が滲む声でそう言われれば、生じる迷い。

(迷い——?何を思ってるんだ、俺。)

らしくない思考に、ギリ、と奥歯が擦れて。英雄を気取る為にここ<PSIB>に来た訳じゃないし、安全第一、“平凡な生活を大切に”が指針でいいんだ。それで少し、この力のこととか技術のこととか知れたらいいなあなんて漠然と考えていただけで。それなのに。

「……すみません。俺、一緒には戻れません。」
「どうして?」

先程目にした警告灯のような赤い瞳が細められて、その視線からは叱責とは違った、しかし彼女の芯の強さがうかがえた。

「すみません、先輩は戻ってください。」

これ以上話していると言いくるめられてしまいそうで(尤も、彼女にそういった意図はないのだろうが)、それだけ言って、逃げるように駆けだしたのだった。



         *



雨水に浸ったコンクリートをただ目的地に向かって走っていれば、ふと、頭上に自分と並行して飛行する一羽の烏が居たから。

(本当、何やってんだろう。)

今後はカバーレターに“冷静に状況を判断することができます”なんて書くのはやめておこうと思った。
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